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インタビュー・対談

2025.8.29

メンタルヘルスを“誰もが当たり前に手にできる選択肢”に

メンタルヘルスを“誰もが当たり前に手にできる選択肢”に

Anise Health 張アリス氏 × デライト・ベンチャーズ 芝原直也

米国在住のアジア系ユーザーに特化したオンラインメンタルヘルスサービスで注目を集めるAnise Health(アニスヘルス)。米国のメンタルヘルスという巨大市場の中で着実に実績を重ねており、今後さらなる成長が期待されます。移民としての原体験や、長年ヘルスケア領域に携わる中で抱いた違和感から同社を創業した張アリス氏と、Anise Healthへの投資・支援を担当するプリンシパルの芝原直也が、創業の背景や苦労、そしてこれからの展望について語ります。

「カウンセラーにも理解されない痛み」から生まれたスタートアップ

張アリス(以下、アリス):Anise Healthは、米国在住のアジア系ユーザーを対象に、遠隔でメンタルヘルス支援を提供するスタートアップです。現在はアジア系人口の半数が居住する全米の5州(カリフォルニア、ニューヨーク、ワシントン、マサチューセッツ、フロリダ)で展開しており、被保険者のユーザーは1回25ドル程度の自己負担で利用できます。私たちは、すべてのカウンセラーを自社で雇用し、アジア系ユーザーの文化的背景や言語への理解を重視したカウンセリングを提供しています。

この事業の出発点には、私自身の原体験があります。移民家庭に生まれ育ち、言語としての英語習得の問題はなくても、心理カウンセリングを受ける中で、カウンセラーに文化や価値観の違いについて理解されない、という経験をしました。Anise Healthの共同創業者である、ニーシャ・デサイも移民家庭に育ち、同様の不満を経験をしています。

私たちはハーバード・ビジネススクールで出会ったのですが、在学中、メンタルヘルス系企業でのインターンを通じて、マイノリティの方が初回セッションで離脱する場面に頻繁に直面しました。私はスタートアップ、ニーシャは大手医療保険会社と別々の会社でプロダクト開発に従事していたのですが、どちらの環境でも同様の事象が問題視されていました。

カウンセラーがマイノリティの悩みに寄り添えない理由として、「ストレスの背景にある文化や価値観の違いが共有されていない」「何度話しても自分の気持ちをわかってもらえない」といった声が多く寄せられていました。その声が自分達の経験と重なり、「マイノリティに寄り添った支援の仕組みが必要だ」と強く実感し、ニーシャと私はAnise Healthを共同創業したのです。
Anise Health Co-Founder & CEO 張アリス氏
芝原直也(以下、芝原):最初にお会いしたとき、その課題意識にとても共感しました。私もアメリカでの生活が長かったので、アジア人としての孤立感に思い当たるところがありました。メンタルヘルスの分野は、マジョリティである白人文化を中心に構築されたモデルが主流という印象があります。

アリス:実際、アメリカの標準的な治療モデルは、白人を対象とした知見に基づいています。CBT(認知行動療法)をベースにしたカウンセリングで「考え方を変えれば楽になる」と言われても、マイノリティとして暮らす中で感じたプレッシャーや差別などの体験に対し「受け取り方を変えましょう」と返されれば、当事者は「自分が否定された」と感じてしまいます。

たとえば、98点を取っても「なぜ100点じゃないの」と言われるアジア系家庭も多く、そうした文化背景で育つと、自己評価が厳しくなったり、物事の結果に強いプレッシャーを感じるようになりやすい。その背景を知らずに「もっと自分に優しく」と言われても、響かないのです。だからこそ、文化的背景や価値観の違いも汲み取れる支援が必要だと感じました。

私たちはこの考えをもとに、専門家の知見を取り入れながらプロダクトを設計してきました。私は大学で脳神経科学を専攻していましたが専門家ではないので、オリジナルのカウンセリングプログラムの開発は、UCバークレーやスタンフォード大学などの研究者・臨床家と連携して進めています。こうした方々が関わってくれたのは、マイノリティに特化したテーマの社会的意義と、アカデミアとの親和性の高さがあったからだと思います。

投資熱の冷え込み期の苦しい資金調達

アリス:創業当初から順調だったわけではありません。特に苦労したのが資金調達です。本格的に事業をスタートさせたのは2022年初頭ですが、そのタイミングは、ちょうどベンチャーキャピタル(VC)の投資熱が冷え込みはじめた時期と重なっていました。2020〜2021年はコロナ禍の影響により需要が急増したメンタルヘルス領域が最も注目されていた時期で、その反動を強く受けました。

最初は「自分がこの事業を一番理解している」という思いが強く、投資家の意見をなかなか受け入れられませんでした。ハーバードでも「そのことに自信を持ちなさい」と教えられていましたから。ただ、実際に資金を集めるプロセスを経験して、その考えが甘かったことに気づかされました。

それからは、VCが何を重視し、どう判断するのかを意識するようになりました。私はもともとプライベートエクイティ(PE)ファンド出身で、当初は非常に堅実な成長モデルを描いていたんです。PEの世界では、「キャッシュが出ていて、3〜5倍のリターンがあればいい」という考え方が主流のため、シードの段階からEBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization:利払い前・税引き前・減価償却前利益)まで含めた細かな事業計画を用意していました。あるVCには「こんなスタートアップの財務計画書、初めて見た」と言われたのですが、それは誉め言葉ではなく、「保守的すぎる」という意味でした。

VCの投資は、ほとんどの案件が失敗しても、利益を出せるポートフォリオを前提としています。だからこそ、10倍、100倍のリターンを狙える会社でなければ、彼らは投資できない。その価値観の違いを理解してからは、プレゼン資料や事業計画の見せ方を見直し、VCが期待する大きな成長率を描ける世界観に合わせるようにしました。

芝原:私たちが最初にお会いしたときには、すでにその切り替えができていた印象です。メンタルヘルス市場の特性や難しさを踏まえたときに、投資家として気になるポイントがしっかり整理されていて、すべての項目にデータがそろっていた。準備のレベルが高かったのを覚えています。

アリス:VCとの対話を重ねるなかで、彼・彼女らがどう情報を仕入れ、どんな思考プロセスで意思決定するかを意識するようになってから、資金調達にも成果が見え始めました。
デライト・ベンチャーズ プリンシパル 芝原直也

出会いは日本で──価値観の共鳴から始まった関係

アリス:シードラウンドの資金調達を進めていたとき、デライト・ベンチャーズを紹介していただきました。ちょうど日本滞在の予定と重なったため、初回は対面でのミーティングでした。

私にとって日本は、第二の故郷でもあります。子どもの頃を含めて、合計12年ほど日本で暮らし、初めての職場も日本でした。その意味で、デライト・ベンチャーズからの出資は、単に国外資本を得たというより、自分のバックグラウンドとつながるVCと出会えたという感覚でした。

芝原:初回の面談から非常にフレンドリーな雰囲気で、とても楽しくピッチを聞けたのを覚えています。先程お伝えしたように準備のレベルが高かったのが印象的なのですが、特に驚いたのは、ユーザーの継続率の高さとその背景にあるプログラムの独自性です。メンタルヘルスの市場には非常に多くのプレイヤーがいますが、提供されているカウンセリング自体は、歴史のある、大衆向けに良くも悪くも標準化された内容です。それゆえに、「サービスの質」で差をつけることが難しい。

一方患者は非常に困っているので、少しでもサービスが合わないと感じるとすぐに競合に流れてしまい、多くのプレイヤーがシェアを分け合う構造になっています。Anise Healthはアジア系ユーザーに特化することでまったく新しいプログラムを作り込んでおり、「サービスの質」で勝負しています。結果、非常に高い継続率や素晴らしいエコノミクスを実現できており、「これは勝てるモデルだ」と感じました。一見ニッチに見えるかもしれませんが、実は非常に大きな市場が存在しており、局地戦でしっかりと勝ち切るストーリーが魅力的でした。

アリス:芝原さんとやり取りをする中で、一緒に前に進めていけそうな相手だと感じました。メンタルヘルスやヘルスケア領域への理解が深く、質問の一つひとつが核心を突いていたんです。特にありがたかったのは、最初から投資の意思決定プロセスを共有いただき、進捗に合わせて、状況の共有やその時々の論点について丁寧に議論させてもらえたことです。こちらが準備しやすいように、想定される質問を事前に整理してくださっていたような感覚がありました。

また、デライト・ベンチャーズのウェブサイトを拝見して、「各メンバーがオーナーシップを持って素早く動くチームだ」という印象を持っていたのですが、実際に芝原さんとのやり取りでもそれを強く感じました。立場に関係なく、力のある人に任せて推進していく。私が以前在籍していたファンドとも似たカルチャーを感じ、とても親和性があると感じました。

VCは資金だけじゃない──信頼と伴走の価値

アリス:デライト・ベンチャーズから出資を受けて以降、資金面だけでなく、メンタル面でも本当に大きな支えになっています。起業というのは、たとえチームがいても、創業者としての孤独やプレッシャーは簡単に分かち合えるものではありません。そんな中で、私たちのビジョンに心から共感し、応援してくれる存在がいるというのは、何よりも心強いです。ただの投資家というより、「伴走者」として並走してくれていると感じています。

たとえば、AIに関する知見やリソースを惜しみなく共有してくれたり、マネージングパートナーの南場さんや浅子さんとお話しする中で、経営者として非常に参考になるアドバイスをいただいたりしています。以前大阪でピッチイベントに登壇した際、芝原さんが現地まで応援に来てくださったこともあります。投資家が資金を出すだけでなく、チームの一員としてサポートしてくれる——そんな存在のありがたさを実感しています。

芝原:AI活用を含めた支援は今後さらに深めていければと考えています。AIを単なる業務効率化ツールとしてではなく、カウンセラーに対して患者への適切な問いかけをリアルタイムで提案してくれたりする“サポーター”のような形で活用している点も、Anise Healthのユニークさだと思います。AIの急激な進化を踏まえ、今後どのようにサービスをアップデートしていくか、引き続き議論できると嬉しいです。

世界中で必要とされる、マイノリティ支援の輪

アリス:今後はアメリカ国内での事業拡大に加え、将来的にはアジアへの展開も視野に入れています。メンタルヘルスは、地域を問わず重要なテーマですが、とくに日本や韓国を含むアジア諸国では、まだまだ心理的ハードルが高く、アクセスが難しい現状があります。アメリカで得た知見を現地の文化に合わせて届けていけたらと考えています。

現在は、セルフラーニング型のリソースをさらに充実させるとともに、精神科医による処方を含むメディケーションマネジメントの導入も準備中です。

芝原:Anise Healthのように、当事者の課題からスタートし、社会構造にまで深く切り込んでいくソリューションを生み出すスタートアップこそが、これからの世界に必要だと感じています。これからも一番のファンとして、伴走していきたいですね。

アリス:ありがとうございます。「理解されない痛み」から始まった挑戦でしたが、いまでは多くの仲間と未来を見据えられるようになりました。メンタルヘルスを“特別な支援”ではなく、“誰もが当たり前に手にできる選択肢”として広げていけたら嬉しいです。

Profile

Profile:

●Anise Health Co-Founder & CEO 張アリス氏
University of British Columbia (UBC)で神経科学の学士課程を修了後、2013年、L.E.K.コンサルティングに入社、日本及び米国支社においてヘルスケア及びコンシューマー企業の戦略構築を担当。2017年にユニゾン・キャピタルに入社、プライベート・エクイティ投資業務に従事。2019年にハーバード・ビジネス・スクール(HBS)にMBA留学。在学中にデジタルヘルススタートアップにて遠隔医療のプロダクト開発を経て、Anise Healthを創業。

●デライト・ベンチャーズ プリンシパル 芝原直也
2017年、東京大学農学生命科学研究科を修了し、デロイトトーマツコンサルティングに入社。戦略立案・BPR・システム導入等、多様な案件に従事。2020年、アクセンチュアに入社。戦略コンサルティング部門にて、事業戦略、ディープテック企業のデューデリジェンス、ESG観点での事業評価を担当。2023年、デライト・ベンチャーズに入社。経済性と社会性の両立をテーマに、細胞治療・合成生物学等のディープテック事業や、メンタルヘルス・脱炭素や地方創生に取り組むITサービスまで、幅広い領域で投資実行。

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