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2021.7.1

SPACと日本のスタートアップエコシステム

Dai Watanabe
Dai Watanabe
Managing Partner
SPACと日本のスタートアップエコシステム

日本のスタートアップエコシステムが健全に拡大するには・・・という前回の記事の続編として、SPACについて触れたいと思います。

今月閣議決定された成長戦略の目玉として日本版SPACの解禁が検討されているようです。SPACの基本的な仕組みや効能については、すでに多くの報道記事やブログが存在するので、そちらに任せます。ここでは日本版SPACについて議論する上で、例えば米国でSPACの利用が盛んになった背景と、日本のスタートアップエコシステムへのその意味合いについて書きたいと思います。

米国におけるSPAC急増の背景

米国では、2017年からSPACの活用が増え始め昨年は激増。150社以上の事業会社がSPACを利用して上場しました。加えて、De-SPAC(空箱会社による事業会社の買収)の承認を待っているSPAC(空箱会社)も100件以上。その上さらに、買収先の会社候補を探している、IPO済のSPACが数百社存在します。

前回の記事で言及したように、2010年代はじめから未公開会社への資金供給が増え、その結果量産されたユニコーン(未上場で$1b以上の時価総額がついたスタートアップ)の多くが、上場のタイミングを見定めていた、というのが2010代終盤の市場環境でした。そこにきて株式市場の好調続きが、上場を加速度的に後押しました。

SpotifyやSlackのダイレクトリスティングもあり、既存のIPOのコストや他のオプションについて問題提起が盛んになると同時に、SPAC上場の手軽さが注目されました。特に、2020年のパンデミックで市場が不安定になると、相対交渉で株価を決められるSPACの利点がハイライトされ、空前のブームが起きます。

従来型IPOでは、長期間かけて上場準備した上で、価格が上場間際まで決まらなかったり、直前にキャンセルされたり、というホラーストーリーがよくあります。それに比べて、SPAC経由の上場の場合、それを心配しなくてよい、という利点は強烈でした。

SPAC含めた米国スタートアップの上場は、2020年から現在に至るまで、ドットコムバブル以来の大ラッシュを迎え、その中でSPACが選択肢として市場に受け入れられるに至りました

などの状況を踏まえた上で、日本におけるSPAC解禁はスタートエコシステムの抱えるどういう課題をどう解決するのか、もしくはしないのか、という点について議論します。

なぜ日本でSPAC導入が検討されているか

まずSPACのプロコンという話題があるときに混乱しがちなのですが、

  1. 買収対象が決まる前のSPACに対する投資(投資家の立場)
  2. SPACを通じたスタートアップの上場(スタートアップの立場)
  3. SPACを通じて上場したスタートアップに対する投資(投資家の立場)

を分けて議論する必要があると思います。

スタートアップや起業家をサポートするVCであるデライト・ベンチャーズの立場としては、ここでは2にフォーカスしてお話をします。

6月までの成長戦略会議の議事録を見ると、日本版SPACの導入(解禁)の検討が、成長戦略に盛り込むに発表に至るまでの経緯が議事録として公開されています。

ここで日本版SPACの検討の動機として読み取れるのは、海外の多くの市場で解禁されているという事実と、「IPO Pop」(上場直後に株価が急騰しがち、言い換えれば最初からその価格に近づけてIPOしておけば、もっと多くの資金を調達できたはず、という現象)対策、という2点です。

従来のIPOでは、投資銀行と複数機関投資家とのやり取り(Book Building)、つまり市場によってIPO価格が上場直前に決まっていきます。市場は、その会社の事業状況以外の多くの要素によって動くため、IPO価格(と調達金額)が上場直前まで定まらない、という問題は上に述べた通りです。

一方SPACを通じた上場については、SPAC(空箱会社)のスポンサーと、スタートアップ(被買収会社)の相対交渉で価格が決まり、その価格で参加する機関投資家からの投資(PIPE: Private Investment in Public Equity)が事業会社の成長資金になるので、調達金額もコントロールしやすい、つまりIPO Popに見られるような資金調達機会の損失もない、という論理です。

日本の上場のIPO Popは、時価総額が100億円程度またはそれ以下の小型IPOに特に非常に顕著に見られます。以前も述べたように、日本はレイターステージの未公開企業に対する投資資金がまだ大きくなく、加えてM&Aも稀なことから、米国でシリーズB~Cに相当するこのサイズ(時価総額100億円台以下)のスタートアップが、日本の新規上場企業の過半数を占めます。

このサイズのスタートアップの上場をさらに容易にし、IPO Popを抑制する、という目的を達成するには、SPACはまあ合理的と言えるでしょう。

一方で、前回の投稿でも述べた通り、日本のスタートアップエコシステムの課題の1つは、スタートアップが小さく上場して、その後伸び悩むことが多いことだと考えています。米国のSPACブームの背景にあったように、ユニコーンが上場の機が熟すのを列をなして待っている、という状態にもありません。

繰り返しになりますが、上場にはプロコンがあります。スタートアップが、短期の損益を追い、いつでも売り抜けられる株主に晒されることになる上場は、場合によってスタートアップが世界で戦う力を身につける障害になり得ると思っています。

早く手軽な、小規模の上場が一概に悪ではありません。上場後の資金調達手法も多様化しています。

ただ、世界の市場で通用するテック企業を日本から生むには、長期視点で見た戦略的な投資が必要な場合があります。また、日本のベンチャーキャピタルに国内外の機関投資家を呼び込むには、エグジットの規模もいままでよりも大きくする必要があります。これらを可能にする市場環境が実現する前に、早い手軽な上場だけを可能すると、日本の新興企業(とそれを支えるVC)の世界競争力にとって、逆効果になりかねません。

今回米国のSPAC流行から、日本版SPAC導入の検討まで、成長戦略会議では、なかなかのスピード感で進んできた印象を持ちました。このスピード感で、各種業界の規制緩和や、スタートアップが生まれやすい雇用制度、未公開市場への資金呼び込みのための各種施策をまとめて進めることが、日本のスタートアップエコシステムの競争力に欠かせないと考えます。

市場環境の異なる米国に倣って、上場のバーを低くするSPACだけを急ぎすすめるような、バランスを欠いた政策にならないことを切に望みます。

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