2025.5.29
成功の鍵は行動数×ギブの精神、ベイエリア在住「DelightX」メンターが語る世界への挑戦

在米日本人起業家3人×マネージングパートナー南場智子 オンラインイベント
米国サンフランシスコ・ベイエリアは世界を牽引する企業が次々と生まれ、新たな技術やビジネスモデルが日々生み出される、起業家にとって特別な場所。しかし競争の激しさや生活コストの高さなど、挑戦のハードルも決して低くはありません。「DelightX(デライトエックス)」は、そんなベイエリアに滞在し、現地の著名な起業家や投資家からメンタリングを受けながら、AI領域で世界を目指す日本の起業家を支援するプログラムです。
参考:デライト・ベンチャーズ、米国サンフランシスコ・ベイエリアにてAI特化の起業支援プログラム「DelightX」を始動
2025年4月に開催した同プログラムの説明会には、メンターを務める現地の先輩起業家3人が登壇。マネージングパートナーの南場智子がDelightXについて説明した後、小林清剛氏、玉井和佐氏、山田俊輔氏が、それぞれの経験に基づくベイエリアでの挑戦のリアルな姿を語りました。
AI特化の起業支援プログラム「DelightX」とは
南場:私は、全ての起業家が世界を「目指さなければいけない」と思っているわけではありません。国内市場をターゲットとした起業も尊く、とても有意義なものが多いです。ただ、世界で大勝ちする起業家も、日本からもっと出て欲しい。そうでないと日本は沈み続けてしまうという危機感を持っています。また、「まず日本で成功し、次いで世界を」と考えているうちに、いつの間にか世界での成功が遠のいてしまうスタートアップも多くみてきました。DelightXはこのような背景から、もっと多くの日本の起業家が、最初から世界を相手に相撲を取る土俵に躍り出ることを強力に後押しするプログラムです。
南場:プログラムは2つのステップに分かれています。Step1の2カ月間は起業準備のために渡米していただき、シリコンバレーで活躍する起業家やキャピタリストを中心としたメンター陣とのセッションやコワーキングスペースの提供などが受けられます。参加費用は無料です(※)。
Step1の成果に基づいて選ばれた参加者には、続くStep2に進んでいただきます。Step2では、デライト・ベンチャーズから6万ドルを提供し、5カ月間、共同創業者やチームメンバー採用、資金調達といった起業活動を行っていただきます。資金調達においては、メンターからのアドバイスや紹介も受けられます。また、US法人設立の暁には、デライト・ベンチャーズが5%のエクイティを取得して、支援させていただきます。
メンター陣には、ベイエリアで活躍するトップティアのベンチャーキャピタリストやシリアルアントレプレナーといった、豪華な顔ぶれがそろっています。また、実際にベイエリアに飛び込んで道を切り開き、奮闘する日本人の先輩起業家からのメンタリングも受けられます。
今日は皆さんに米国での起業の現状について触れていただこうと、ベイエリアの起業家3人に来ていただきました。この人たちは、私の中の「リアルヒーロー」です。
まずはなぜ、競争が激しく、母国語も通じない、難易度が高い環境に身を置いて起業しようとしたのか、その考えや経緯を聞かせてください。
※VISA/渡航費/生活費などは自己負担となります。

世界を目指す日本人起業家がベイエリアを選ぶ理由
山田俊輔氏(以下、山田):ホスピタリティ産業向けAIソリューションを提供する「Retreat」CEOの山田です。自分はちょうど10年前に起業しようと渡米し、2019年に本格的に移住して、2020年に起業しました。
僕が米国に来たのは、日本人起業家がもっと少ない頃で、前例はありませんでしたが、未来が見えないぐらいの方が楽しいと、動物的な、純粋な感覚で飛び込みました。チャレンジの中で競争の厳しさも実感しています。3年前に始めた企業向けの研修会をアレンジする仕組みを提供するオフサイトビジネスは、最初は競合が3社だったのが今や20社に増えて、他社から社員へのヘッドハンティングもあります。でも、この競争環境を楽しみながらビジネスに取り組んでいます。
玉井和佐氏(以下、玉井):スタートアップに特化したデザインスタジオ「Zypsy」の玉井です。Zypsyでは、これまでの過去3年間、Sequoia CapitalやAndreessen Horowitz、Felicis をはじめとするベンチャーキャピタルの投資先約40社近くのブランドやプロダクト作りをチームとして支援をしてきました。2025年からはZypsy Capitalという投資ファンドを設立し、デザインと投資の両面で日々事業に取り組んでいます。
僕も6年前、米国で起業したときは厳しい環境でした。家賃も食費も高くて、生きるのに必死な状態からのスタートです。起業のきっかけはキヨさんとの出会い。彼は「日本人が世界で挑戦して成功するための再現性のあるモデルを作りたい」と言っていたんです。デザイナーが提供した価値が世界に届く場だということが、サンフランシスコの面白さ。厳しい中でもこのスケール感を体験できるのは、米国で挑戦する醍醐味です。
小林清剛氏(以下、小林):小林キヨと申します。AIを活用した海外採用プラットフォーム「Noxx」の共同創業者兼CEOとして時間の99%を費やしています。そのほか、これまでに米国を中心に約40社にエンジェル投資を行い、5つほどのVCにLP投資もしています。
一言で言うと、サンフランシスコ、シリコンバレーは世界一の事業を作る上で最も効率が良い場所なんです。僕は12年以上前に日本でモバイル広告の会社を興し、日本で2番目の規模になりましたが、Googleには勝てなかった。次は世界で勝負できる事業を作ろうと考えたとき、サンフランシスコが最良の選択肢でした。家賃や生活費は高いですが、元Meta、元GoogleでOpenAIで働くような人と街で出会って話ができる。何百何千ものスタートアップを扱った専門の弁護士から最新情報を得られる。
DelightXのメンターのアンさん(Ann Miura-Ko氏)も、Lyftのシードステージに投資していた方です。世界トップクラスの経験を持つ人たちとの繋がりは、情報だけでなく、お金、採用、営業など全てに関わってきます。
チーム解散、事業失敗、言語の壁……渡米して最大の苦労は
南場:渡米して最大の苦労は何でしたか。
玉井:苦労は山ほどありますが、簡単に2つほどご紹介します。
2018年、最初にデザイン会社を立ち上げた頃、僕は起業1年目でお金がなくて、Uberのドライバーをしていたんですが、そのシステムに衝撃を受けて、デザイナーのUber版を作ろうと考えました。世界中のフリーランスデザイナーを集めて、安く早くサービスを提供するというモデルでスタートしたんです。しかし安さを主に求めるクライアントが多く、疲弊してほとんどのデザイナーがいなくなりました。そこで一度立ち止まって事業を見直し、安い仕事ではなく良い仕事を提供して評価されるような事業に整理して、今に至ります。
小林:僕は実は、そんなにつらかったことがなくて、日々小さいトラブルはあるけれど、毎日、人生最高の瞬間を更新してるというぐらい楽しい。
サンフランシスコというスタートアップには最高の場所で、南場さんをはじめ多くの人にご支援いただいて勝負できるのは、最高なことじゃないですか。すごくいい仲間に恵まれて、『ワンピース』みたいな環境で「世界で勝つぞ」ってやってるのは毎日楽しいです。
山田:僕もチーム解散や事業の失敗を何度も経験してきました。でも、エンジェル投資家のジェイソン・カラカニスは「どんな上場企業の社長でも悩むものだ」とよく言うそうです。Metaのマーク・ザッカーバーグも、Snapのエヴァン・シュピーゲルも悩んでいる。起業というのは憂鬱な状態が続くものなのかもしれません。
言語の苦労もありました。英語ができなさすぎて、投資契約の署名の際、僕がCEOなのに「CEOを出せ」と言われたこともあります。カラカニスのアクセラレータでは、FAQの受け答えができず、シリコンバレー史上初めてかもしれませんが、通訳付きでピッチをさせてもらいました。
成功確率を上げるために、1,000回試して見えてくるもの
南場:全ての人がベイエリアで成功できるわけではありません。どういうタイプの人が困難を乗り越えられ、成功確率が高いといった傾向はありますか。
山田:環境に適応できる人、素直にフィードバックを受け入れられる人は向いているでしょう。私はフィードバックをもらうのが好きで、叱ってくれる環境でそれを受け止められたからこそ、10年間続けられたのだと思います。
玉井:残り続けられる人には強い理由があります。それは憧れかもしれないし、どうしてもやりたいことがあるのかもしれない。そういうものを持っている人は、常に行動に移している人が多い。手を動かしている人には、いろいろなところにヒントがあると思います。
とはいえ、僕も正直、キヨさんがいなければ日本に帰っていたでしょう。環境が自分の「当たり前」の基準を作るというのは事実で、仲間の存在は重要です。DelightXのようなプログラムを利用することや、結果ではなく、その過程を楽しめるかは大事な要素の1つです。
小林:僕、ドラクエが好きなんですよ。それでRPGの感覚で起業を考えると、いくつかの要素があります。まずは手数の多さ。100回、1,000回の試行が必要です。例えば、俊輔(山田氏)は渡米直後、YouTubeで起業家インタビューを100人分やりました。資金調達ができない、難しいと言っている人は、なかなか100人には会いに行かない。手数を増やすことは大事なんですよね。
2つ目は失敗を恐れないこと。失敗や恥を恐れないマインドセットが大事です。事業は確率の話で、経験を積むほどサイコロの面は減っていき、成功の確率は上がっていきます。ですから勝負をし続けることが重要です。
3つ目は柔軟性です。素晴らしいメンターからのせっかくのアドバイスですから、それに向き合うことが大事。日本から持って来たアイデアも、現地でフィードバックを受け、メンタリングを受け、ユーザーのインサイトを見て、違ったら変えられる柔軟性は大事だと思います。
自分なりの「ギブ」の型で最初の信用を作る
南場:すでに良いヒントをいただきましたが、他にも米国やベイエリアならではの成功の秘訣のようなものはありますか。
小林:僕の米国での最大の学びは、事業と市場の選定が事業成功の8割を決めるということ。特に日系人が米国で成功確率を上げるには、現在のトレンドよりも少し先を見据えること、現地でユーザーや顧客と直接話し、生の情報を得て、将来の仮説を立てることが大切です。新しいものを最初にやることは米国では高く評価されます。そこが米国で挑戦することの価値かなと思います。
玉井:米国は競争環境が激しいと同時に、信用社会でもあります。渡米して最初に苦労するのは学歴やこれまでの勤務先に基づく信用がないということ。そこで最初は信用を作り出す能力が大切になります。DelightXの素晴らしいところは、南場さんやキヨさんが積み重ねてきた信用を借りて、事業をスタートできること。これは何事にも代えがたく、6年前に戻れるなら僕が欲しかったものです。
日本人が米国で挑戦するにあたって、信用を作るにはさまざまな方法があります。手数を増やすこと、アクセラレータに参加すること、売上を上げること、良いアドバイザーを獲得することなど、各自の強みを活かして信用を構築する。追い込まれれば追い込まれるほど、自分の強みに対する理解が深まり、尖ってくるものだと思います。
南場:人的ネットワークはとても重要ですが、紹介されても、すぐ人脈になるわけではないし、一度会っても二度目はない可能性もあります。それを本当の自分の人脈にするための工夫や考え方があれば、聞かせてください。
小林:僕は「How can I help you?(どうやったら自分があなたの役に立てますか)」と必ず聞くようにしています。役に立つ方法は何でもいいんです。日本の美味しいお寿司やラーメン屋のリストをGoogleマップで作るとか、日本で事業展開する人に投資家を紹介するとか。
最初のミーティングでは、僕は相手に価値を提供できる方法を見つけることに気を使っています。いつリターンがあるかわからないけど、毎日何人かと会っていくことで、いつか効果が出てくるものだと思っています。
山田:「イベントにはあまり行かない」「自分には何もないから自己紹介もできない」という人もいますが、僕は最初、イベントに行くと「I'm Japanese!」と言っていたんです。日本人がいないので、日本人であることが1つのアイデンティティになったりする。覚えてもらえるし、日本好きな人もたくさんいるので、そんなことからでもいいのかなと思います。
玉井:僕は、シリコンバレーで尊敬するVC投資家のブログ10本を日本語に翻訳して、Xでタグ付けしたら、向こうから会おうと言ってくれました。
やはり何か自分なりに人に貢献できる「ギブ」を型として持っておくことは大切ですね。何もかっこいいことじゃなくていい。LinkedInでポストをシェアするとか、その人が拡散してほしいであろう内容を考えて届けられる人に拡散するとか、今の自分にできる役立ち方を見つける。書く力は誰でも持っている力です。
渡米前にやっておくべきこと、渡米して最初にすべきこと
南場:先ほど話したとおり、DelightXは2つのステップに分かれています。Step1の2カ月では起業準備のために渡米していただくのですが、参加する起業家候補の人たちが最初の2カ月で何をすべきか、アドバイスはありますか。
山田:僕にとっては現地の人への取材はいい経験でした。また、BtoBではカスタマーアドバイザリーボードといって、顧客に株式を一部渡してアドバイザーになってもらう方法が広がっています。私も最初の事業に入るとき、アドバイザーになってくれとアポイントを取り、ステークホルダーを作ることを意識していました。
玉井:最初のMVP(Minimum Viable Product:最小限の価値を備えたプロダクト)はXへのポストでもいいんです。そのポストが拡散するということは、誰かに共感され、コンテンツという形で広がっているということ。何もないときには書く力が自分のプロダクトになると思います。
小林:まず、まだスタートアップしていない人はYCのスタートアップスクールのコンテンツを全部見た方がいいです。また、ビジネスアイデアがない人は最低50個、できれば100個考えるべきでしょう。YCのデモデー、ニュースやトレンド記事などを参考にするのもいいと思います。
それから、今ならAIツールを使えば、LPやダッシュボードを作り、プロダクトのモックやビデオも作れます。フォームを使って何に関心があるか確認したり、LinkedInの準備もしたりできます。渡航前からできることはどんどんやった方がいいですね。やることはたくさんあって、時間が足りないぐらいだと思います。
在米起業家たちが目指す頂点と後輩起業家へのメッセージ
南場:それでは最後に、自分が目指す頂点のイメージを教えてください。また、ベイエリアでの起業に関心がある皆さんへのメッセージをお願いします。
玉井:Zypsyでは「ワンビリオンデルタ」、10億ドルの変化量というのをミッションに掲げています。Zypsyが携わることで支援した会社が10億ドルの変化量を作り出せるか、デザインを通じて最高の経営資源を形成できるかを目指しています。
将来、Zypsyが関わることで、スタートアップがトップティアの投資家から出資を受けやすくなり、信用を作り出せるようになり、10億の変化量が生まれること。それによって、デザイナーにも当社にも還元され、次のサイクルに繋がっていく未来を目指しています。
日本はオフショアのように見られがちですが、実際には日本人は優秀で、世界で戦えないわけではありません。僕は起業6年目で、まだここまでかと悔しく思うところもあります。ただ、ここからでも戦えるという実感は日に日に増しています。ぜひ皆さんに一緒にバットを振ってもらって、米国での成功の再現性を作ることに共感してくれる仲間が増えるとうれしいです。
山田:僕は自分がホスピタリティ業界に入ったからには、この業界の歴史に残るような事業を作っていきたいし、名前を残したい。米国にいると、もっともっと大きいことをやりたくなるんです。
10年前に渡米したとき、僕には何もありませんでした。でも米国で起業すると決めてからの人生は、それまでと全然違うものになりました。以前は本当に生きていたのかと思うほど毎日が楽しくてしょうがない。
まだ日本人でユニコーンを作った人はいませんが、皆さんが今起業して、1〜2年でユニコーンを作るという可能性も全然あります。それが米国のシリコンバレーのスタートアップの世界です。自分も皆さんから学びたいと思っているので、教えてほしいです。

Profile:
●Noxx 小林清剛氏
シリアルアントレプレナー。2009年に設立したノボットを国内2番手のモバイル広告ネットワークに成長させた後、2011年にKDDIグループに売却。2013年より渡米し、現在はAI採用のスタートアップ「Noxx」を手がける。またTokyoFoundersFundのパートナーとして、米国を中心に約40件の企業に投資する。
https://www.noxx.xyz/
●Zypsy 玉井和佐氏
スタートアップ向けにデザインやブランディングサービスを提供するデザインスタジオ「Zypsy」の共同創業者・CEO。2018年に同社を創業、シリコンバレーで事業展開するとともに、Sequoia Capital、Andreessen Horowitzといったベンチャーキャピタルのアーリーステージの投資先支援を手掛ける。
https://www.zypsy.com/
●Retreat 山田俊輔氏
企業のオフサイト企画プラットフォームを提供する「Retreat」の共同創業者・CEO。2015年に渡米し、2020年1月にはオンライン通話アプリ「Remotehour」を開発・リリース。リモートワーク需要が急増する中で注目を集めた。2022年から手がけるRetreatは、Andreessen Horowitzのスカウトファンドなどから累計2,200万ドルを調達し、事業を拡大している。
https://www.planretreat.com/
●デライト・ベンチャーズ マネージングパートナー 南場智子
1999年に株式会社ディー・エヌ・エーを設立し、現在は代表取締役会長を務める。2015年より横浜DeNAベイスターズオーナー。2019年デライト・ベンチャーズ創業、マネージングパートナー就任。著書に「不格好経営」。