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コラム

2023.4.27

スタートアップ成長に不可欠!投資契約における「ツールキット」の正しい活用法(前編)

Dai Watanabe
渡辺 大Dai Watanabe
Managing Partner
スタートアップ成長に不可欠!投資契約における「ツールキット」の正しい活用法(前編)

※本記事は2023年1月26日、DIAMOND SIGNALに掲載された寄稿記事に一部加筆・修正を加えたものです。

シリコンバレー在住で日米のスタートアップ環境に精通した、マネージングパートナー 渡辺大が、スタートアップの投資契約における「ツールキット」の活用法について論じる本記事。資金調達にかかわる契約への理解を深めることは、スタートアップの成長に不可欠です。スタートアップ投資契約におけるさまざまなパーツをまとめた「ツールキット」の正しい理解の仕方、活用方法について、前編・後編と2回にわたって語ります。

スタートアップ飛躍のカギは「ツールキット」の理解から

スタートアップ1社を成功させるためには、さまざまな立場の関係者(投資家・共同創業者・従業員)が一体となって、大きなイノベーションを起こすべく長期間にわたって協力する必要がある。資金調達にかかわる契約は、その関係者全員が利益を得るためのツールの集合体だ。

そのツールの1つ1つはユニークな役割を果たす上に、それぞれが相互に複雑に作用しあう。達成する目的ごとにツールを組み合わせてツールキットとして使うのだ。

ツールには例えば、先買権や、優先分配権、表明保証、そしてストックオプションなども含まれる。起業家がこのツールの1つ1つの役割を正確に理解せずに資金調達を進めると、結果的に経験豊かな投資家の思い通りになって、あとで後悔することになるだろう。

これらのツールの組み合わせの目的は、投資家のお金を預かったスタートアップが責任を持ってビジネスを進めていくことと、リスクをとって大きなイノベーションを起こすこと、この2つの最適なバランスを実現することだ。

当たり前のことだが、投資家はスタートアップに対して何度も投資しているのに対して、起業家の多くは初めての資金調達か、経験があっても数回がせいぜいだ。そのため、投資家と起業家の間には資金調達に際して大きな情報の非対称性がある。しかも、車や家の買い物と反対で、お金を出す方が多くの情報・経験を持っているという事実も、立場の違いを大きくする要因だ。起業家は、資金調達とその交渉に非常に多くのエネルギーを費やすことになる。

どこの国のスタートアップエコシステムも、さまざまな商習慣を背景に持ちながらも、最初は投資家にとってリスクアバース(リスクを取りたがらない)な契約から始まる。しかし時間がたつうちに、投資家も起業家もリスクをとって成功した手法がまねされるようになる。消極的で大成功につながりにくい手法は自然淘汰されていき、エコシステム全体が進化していく。

日本のスタートアップエコシステムはそういう意味では、まだ進化の初期段階であり、リスクアバースな側面が大きい。投資家に有利な契約が主流な市場だ。正確には「投資家有利」というのは若干語弊があって、「短期的なリスクヘッジが重視されている」という方が、的確だろう。

だが短期的なリスクヘッジを重視するよりも、起業家にしっかりとリスクをとらせて、数少ない桁違いな成功を収めるほうが、投資家にとっても起業家にとっても、エコシステム全体にとっても収益性は高い。その結果、市場はそのように進化していくのだ。米国も欧州も、進化の方向性は同じだった。

日本の場合は、『日本の“早すぎる上場”はスタートアップエコシステム全体にとっての損失──持つべき4つの視点(前編)』でも述べた通り、上場時の時価総額が他国に比べて圧倒的に小さい、つまり成功のサイズが小さいので、数少ない成功によって多くの失敗を取り返して余りある成功を狙う米国型の投資スタイルに比べると、失敗(倒産や清算)をできるだけ少なくすることがより重視される。


しかし今後、日本のスタートアップが世界で挑戦したり、また海外の投資家を呼び込むために、リスクをとって大きな成功を狙う欧米型の投資スタイルに進化していくのは間違いない。一方で各国の進化の過程やスピードが異なっていたように、日本にも特有の商習慣や市場環境があるので、それに応じた進化を遂げていくことになるだろう。

これらを踏まえて、起業家が資金調達に当たって、どのように契約に係るツール類を理解し、使っていくのがよいか、僕なりの考えをまとめてみたい。

契約書の「弁護士丸投げ」は控えて自分でまず理解すべき

僕が日本と米国で営業や提携、コーポレートデベロップメントをしてきた、あくまで個人的な経験では、職種によらず、日本と米国とでは契約交渉における弁護士の活用方法が若干異なる傾向を感じた。

日本のビジネスの担当者は、契約書の交渉を丸ごと法務部と弁護士にアウトソースしてしまうきらいがある。社内の意思決定プロセスがその背景にあるのかもしれない。

担当者は、営業や提携にあたって、大まかな条件を相手方と握って、契約書の詰めは自分の仕事ではないという感覚を持っている人が多いのではないか、と感じる。かたやアウトソースを受けた弁護士(または法務部)は、技術的なリスクを洗い出してばーっとリストを作り、あとはよきに交渉よろしく、私は言いたいこと全部言いました、という勢いで、担当者に投げ返す。

担当者はそれをまた一旦全部相手に投げて、相手も同じことをして契約書が戻ってくる。つまりビジネス担当者は、まずは双方の弁護士(または法務部)同士のすり合わせ作業におけるメッセンジャー的な役割を果たして、最後に残った論点について双方の力関係に応じて妥協を繰り返して契約書が固まっていく、という具合だ。

一方、米国のビジネス担当者は傾向として、契約書の文言を言語としてまず自分で理解し、技術的な部分について、弁護士の助けを求める。契約交渉のより大きな部分を担当者同士でまず行うのだ。

米国の優秀な弁護士と仕事をして感心したのだが、弁護士のアドバイスは「テクニカルにここは有利・不利に作用する」「これは落とし穴」といった法務アドバイスにプラスして、市場感も教えてくれることだ。

例えば契約時、優先分配権について「一倍参加型、というのは昔はあったけど、今のデフォルトは非参加型。最近市況が変わって参加型もちらほら戻ってきたけど、まだまれ」と知らせてくれたり、「この部分、気に入らなかったら交渉してもいいけど、自分が見てるディールの中でこうなってるのは2割くらいだけだし、先方の弁護士も知ってると思うよ」「この条項は不利に見えるけどぶっちゃけ重要度低いので、時間を使うべきではない」など、交渉に当たってのマーケットの感覚を教えてくれたりする。そういう背景があるので、ビジネス担当者同士が自分の考えで交渉でき、より短時間で契約が固まってくるのだ。

起業家にとって資金調達は、交渉すべきパーツが多く、交渉力の非対称性も情報の非対称性と同じ方向に作用している。さらに、全体的に国内の「市場感」は短期的なリスク回避を重視する状態にとどまっているので、日本の場合、起業家のより深い理解が求められる。

よくないパターンはこうだ。起業家が、投資家からもらった投資契約を弁護士にそのまま転送して、弁護士からの赤入れ(修正提案)を投資家に返す。百戦錬磨の投資家は過去の交渉や投資家にとってのプライオリティが分かっているので、自分のこだわる点は赤入れを拒絶して、どうでもいい点については赤入れを受け入れる。「こっちは飲むからそっちは飲んでね、痛み分けで」といった具合だ。投資家から返ってきた契約書を見て起業家は、半分くらい自分の弁護士の主張が受け入れられてバランスが取れた感覚になって、そのままサインしてしまう。

これでは、契約文言は投資家の都合で決まっていくだけだ。スタートアップにとってあるべき姿とか、起業家にとって本当に重要な度合いは反映されない。

後悔しない資金調達をするためには、起業家は、契約交渉を弁護士に丸投げせずに、一定の時間をかけてそれぞれのツールを理解しないといけない。残念ながら、ここには近道がない。せめて遠回りしないためには、スタートアップ調達実務に長けていて、日本の市場感を理解しており、契約書を自分の言葉で理解するのを助けてくれる弁護士を見つけることだ。知り合いの起業家や投資家から専門家を紹介してもらおう。過去のビジネスでお世話になった信頼できる商業弁護士がいたとしても、スタートアップ実務の経験が豊富な弁護士を選び直すことを強くおすすめしたい。

加えて、投資家にも、起業家がツールキットを理解するのを助ける義務があると思っている。もちろん投資家と起業家は取引のテーブルの反対側に座っているので、起業家は投資家の言うことを全て鵜呑みにするのは危険だし、投資家もその前提で話す必要がある。しかしスタートアップ投資は、その後何年も続く関係の始まりだ。買収契約や提携契約など、世の中の他の種類の契約と比較しても、スタートアップの資金調達契約は、当事者双方の本質的な利害がより一致している種類の契約なのだ。その契約交渉は、投資家と起業家がこれから始まるパートナーシップを前にして、信頼関係を築くための非常によい機会だ。

最初の選択は「普通株」「優先株」「コンバーティブルエクイティ」

さて、投資契約の具体的なツールキットについて、いくつか例を挙げてみたい。まず基本的なところから、投資契約の大まかな種類について、その背景を含めてまとめてみる。

アーリーステージのスタートアップ投資の契約形態は、大きく分けて普通株、優先株、コンバーティブルエクイティがある。それぞれ会社のステージや目的に応じてプロコン(一長一短)がある。これについては専門書があるし、僕は弁護士ではないのでシンプルにまとめたい。

まず普通株の肝は、名前から察することができるように、単純で簡単なことだ。これを資金調達に使うのは労力が少なくてよいのだが、デメリットは普通株の値段が明確についてしまうこと。共同創業者を迎え入れたいときに、創業者株を買ってもらわないといけないので、その価格は重要だ。また普通株で調達したあとに、ストックオプションを発行しようとすると、これも必要以上に高い行使価格で発行しなければならず、ストックオプションが魅力的ではなくなるのだ。

この「必要以上に高い」という考え方は、次の優先株の説明で理解できるだろう。

優先株は多少複雑だが、スタートアップ投資の精神に沿った、本質的で欠かせないツールキットだ。スタートアップ投資の精神とは何か。乱暴な表現をすると、資金調達をしようとする起業家にはお金がないが、能力と努力を会社や事業に注ぎ込む。そこに投資家はお金で貢献する。この2つを組み合わせるのに、優先株は非常に適しているのだ。担保も取らず投資する投資家は、起業家が能力と努力を発揮することを保証したい。言い換えれば、「能力と努力を発揮せずに起業家が金持ちになってしまう」ことがないようにしたい。

普通株だけで出資を行うと創業者(たち)が「会社を作って調達しただけ」でもうかってしまう可能性がある。まさにそういうことが起こらないようにしているのが優先株で、いくらで買収が起こったとしても投資家が先に一定金額回収しますよ、という約束がついている。能力と努力を発揮すべき起業家がそれらを発揮してからでなければ儲からず、そしてリスクを取って金を出した投資家をそれまでは守る仕組み、というのが優先株なのだ。投資家が優先的に回収する約束以外にも、会社の運営に際して透明性を担保する仕組みや、株の売り買いについてお互いの利害を守るための約束ごとなども、優先株による投資契約にはついてくる。

そのため、優先株は複雑で時間がかかる。価格も決めないといけないし、さまざまな条件をすり合わせないといけない。創業者はこれから能力と努力を発揮しようと思っているさなかに、契約書のやりとりだけで1カ月かかってしまい、弁護士費用もかかる。これはまだ立ち上がったばかりのスタートアップにとっては死活問題だ。そこで出てくるのが、コンバーティブルエクイティ(将来的に株式に転換できる新株予約権)だ。将来、優先株を発行する前提で、すごく簡単な契約でひな形が用意されていて、かつ普通株の値段もつかない、というマジックだ。

コンバーティブルエクイティでは株を発行しない分、優先株に比べて投資家側のリスクが高まる。ただ、投資家にとってのリスクは、投資した金額が最大値なのに対して、アーリーステージ投資のリワードは何十倍・何百倍になる可能性がある。そのため一定の金額で一定の期間であれば、優先株に付随する保護がなくても参加したい投資家がいるのは、理にかなっている。

日本国内のコンバーティブルエクイティについては、Coral Capitalが投資契約書テンプレートの「J-KISS」(日本版Keep It Simple Security)をかなり普及させて、過去数年でも、理解がだいぶ広まった。ちなみに米国では「SAFE」(Simple Agreement for Future Equity)というY Combinatorが開発したひな形が最も一般的で、米国外にも広がりつつある。

起業家は、資金調達にあたって上記3つのツールキット「普通株」「優先株」「コンバーティブルエクイティ」を、目的に応じた前提とそれぞれのメリット・デメリットを理解して選ぶ必要がある。

<後編に続く>
​​スタートアップ成長に不可欠!投資契約における「ツールキット」の正しい活用法(後編)

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