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コラム

2023.3.30

米国では失敗した起業家は「大人気」 日本でも起こる不可逆的なキャリア観の変化(後編)

Dai Watanabe
渡辺 大Dai Watanabe
Managing Partner
米国では失敗した起業家は「大人気」 日本でも起こる不可逆的なキャリア観の変化(後編)

※本記事は2022年11月28日、DIAMOND SIGNALに掲載された寄稿記事に一部加筆・修正を加えたものです。

日米のスタートアップ環境に精通した、シリコンバレー在住のマネージングパートナー 渡辺大による本記事。前編では「実質的セーフティーネット」の存在と「変わる日本人のキャリア観」について論じました。後編では「2030年代には意味がなくなる終身雇用制度」と「起業家として巣立つ優秀な人材を支援する仕組み」について語ります。

<前編を読む>
米国では失敗した起業家は「大人気」日本でも起こる不可逆的なキャリア観の変化(前編)

2030年代には終身雇用制の意味がなくなっていく

2030年代の日本では、優秀で行動力のある人にとって、終身雇用制はなんの意味も持たなくなるだろう。上のエッセイが書かれてから15年後の現在の米国のように、スタートアップを興すこと、またはそれに参加することのリスクとリワードが明確になっているはずだからだ。

米国に比べ、これまで存在感を保ってきた日本の大企業は、その強みの柱である終身雇用制の崩壊を目の当たりにするだろう。社員(特に優秀な社員)が、引退まで会社にコミットする前提を変える必要がある。

そもそも日本の新卒一括採用と終身雇用の組み合わせは、世界でも非常にユニークな存在となってしまった。高度経済成長期に適したこの雇用制度は、今はイノベーションの妨げになっていると言ってよい。それどころか、そもそも国民の生活の安定を守る役割も果たしていない。正社員を解雇できない企業は、株主利益を守るために非正規社員を調整弁にするからだ。1984年に約15%だった就労者に占める非正規社員の割合は、2021年には約37%に増え、貧富の差拡大の原因にすらなっている。

キャリアや雇用よりも大きい話として、スタートアップエコシステム全体がR&Dに取り組み、多くのスタートアップが切磋琢磨した結果、その一部が大成功するという仕組みは、非常に生産性が高い。それが今後の経済成長のために欠かせない、ということは世界で証明されてきた。大企業の業績も、雇用制度も、貧富の問題も、その前進は経済成長あってこそであり、経済の参加者(企業・政府・人材)は皆、雇用制度の変化・キャリア志向の変化に適応していかなければならない。

起業家として巣立つ優秀な人材を支援し、プラスに作用させる

手前味噌になるが、人材を重要なアセットとする企業が、起業のために巣立っていく人材をマイナスではなくプラスに作用させている例として、DeNAとデライト・ベンチャーズの取り組みについて触れたい。

2019年に設立したデライト・ベンチャーズでは、その投資事業の一環としてベンチャー・ビルダー事業を行っている。その役割は、企業に所属しつつも起業を志し、最初の一步が踏み出せないでいる人材の独立を助ける、というものだ。現在では起業家候補生の出身母体はさまざまだが、開始当初はDeNAの現役社員を中心に起業支援してきた。

デライト・ベンチャーズでは、退路を絶った起業だけではなく、副業または出向による、リスクを抑えた形での事業創出を支援している。プロダクトのプロトタイプを作るまで、本人にはキャリア上のリスクはない。会社を辞めていないので、起業を諦めても、元の仕事に戻ることができる。立ち上げコストはデライト・ベンチャーズが出し、本人の金銭的負担はゼロだ。ビジネス上、最も不確定要素が大きい立ち上げ期の市場調査・PMFを経て、プロダクトのトラクションが見えてきた時点で、本人は現職を退社し、新会社の過半数の株式を取得して、外部のVCからさらに資金調達してスピンアウト、となる。

このスキームでは、DeNAにとっては優秀な人材がデライト・ベンチャーズに勧誘され、スピンアウトが成功した暁には社員を失ってしまうことになる。これがなぜDeNAにとってよいことなのか。

DeNAのようなテック企業は、新卒採用こそするが、社員は終身雇用を前提として入社していない。そしてこれまで多くの起業家を輩出してきた。デライト・ベンチャーズに勧誘されなくても、他のVCやテック企業から常に声がかかるのだ。

DeNAからすると、関係を持たないVCや他社に引き抜かれるくらいなら、LPとして出資するデライト・ベンチャーズの投資先スタートアップとして成功してもらって、関係を続けたほうがはるかによい。失敗した暁には、出戻ってもらう可能性も高まる。さらには、起業というキャリアパスを支援するDeNAは、転職先・就職先としての競争力を高められる。いずれ独立するべき人材が起業するのが早まるだけで、戦略的なメリットが大きいのだ。

以下も、先に引用したポール・グレアムのコラム「Why to Not Not Start a Startup」からの抜粋・要約だ。

就職するのがデフォルトである、というのは起業しない言い訳として最もパワフルだ。デフォルトは、能動的な意思決定を伴わず実現するので、非常にパワフルだ。

この伝統は実はたった100年程度の歴史しかない。それより以前は、生活の術は農業だった。中世に始まった、農業から製造業への移行と同じような変化が、いまちょうど起こっていると思うのだ。

農地を捨て街に出た脱小作人は、狂気扱いされた。大勢の人が集まって暮らす「街」などに出て、自分の食べる食料も育てずにどうやって生きていくんだ、と思われていたのだ。

起業が当たり前になったときに振り返ると、就職も小作人も同じに見えるだろう。毎日同じ時間に出社し、ボスに仕事を捧げ、ボスの小部屋に呼ばれて、「まあ座りたまえ」と言われたら、座るだなんて!

(ポール・グレアムのブログ記事「Why to Not Not Start a Startup(スタートアップを始めない理由)」より抜粋、要約)

このコラムが世に出てから15年後の今のシリコンバレーで、これと同じ趣旨のことを耳にすることはもうない。それは、このキャリアの世界観の変化が、すでに実現したからだ。日本の2030年代はそういう時代になる可能性が高いし、そうならないといけないと思う。個人も企業も、適応するには劇的に行動原理を変えないといけない。

<前編を読む>
米国では失敗した起業家は「大人気」日本でも起こる不可逆的なキャリア観の変化(前編)

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