2025.12.5
シリコンバレーは雲の上の存在ではない──「DelightX」メンター起業家とプログラム担当者が語る米国起業のリアル

Anyplace CEO 内藤聡氏 × デライト・ベンチャーズ ディレクター 牛尾正人 インタビュー
米国サンフランシスコのベイエリアに滞在し、現地の著名な起業家や投資家からメンタリングを受けながら、AI領域で世界を目指す日本の起業家を支援するプログラム「DelightX(デライトエックス)」は、第1回プログラムを2025年6月にスタート。約7カ月間のプログラムに14名が参加し、既に現地で起業家を生み出しています。これに続き、2026年1月には第2回プログラムが始動予定。 2025年12月21日まで参加者を募集しています。
この記事では、起業家メンターとして現地でDelightX参加者に伴走したAnyplace CEOの内藤聡氏と、プログラムの企画・運営を担うデライト・ベンチャーズ ディレクターの牛尾正人に、プログラムのリアルな姿についてインタビュー。世界で活躍する経験豊富なメンター陣によるレクチャーや、ベイエリア特有のカルチャーなど現地での具体的な支援内容と、プログラムを通じて参加者に起きた変化について聞きました。
ベイエリアでゼロから起業、現地VCや連続起業家など世界で活躍するメンター陣による手厚いサポート
──まず、DelightXのプログラムの概要と特徴について教えてください。
牛尾:DelightXは、米国でAIスタートアップを立ち上げたい方々に参加いただき、実際にベイエリアで起業していただくプログラムです。
ベイエリアのスタートアップエコシステムをフル活用するには、米国で法人を作り、現地の投資家から資金調達する第一歩が非常に重要です。そこで日本で資金調達前の起業志望の方を初めからベイエリアに連れて行き、現地でゼロから起業に挑戦していただくのが、このプログラムの大きな特徴です。
日本人にとって、ベイエリアのエコシステムにいきなり参入するのは、言語や文化、ネットワークやビザなどの面で、ハードルが高いのが現実です。しかし、実は現地には「日本の起業家をサポートしたい」と考えている投資家や成功した起業家が、私たちの想像以上に多く存在します。
また、内藤さんたちのように現地で本気で事業に取り組む日本人起業家は、起業に強くコミットした後続の方に対して非常にサポーティブです。私たちは、そうしたネットワークの多大なる協力も背に、起業家候補の方がその力を最大限引き出せるように支援します。
内藤聡氏(以下、内藤):DelightXには、私たちのような日本人創業者(ファウンダー)がメンターとして、数名ずつのグループに分かれた参加者に対して週次でサポートする体制があります。
加えて、現地ベンチャーキャピタル(VC)や連続起業家もメンターとして参加しており、その顔ぶれは本当に多彩です。女性で初めてNASDAQ上場を果たしたStitch Fix創業者のカトリーナ・レイク氏らも参加し、オフレコを前提に深い話も聞けるネットワークは貴重です。現地のトップアクセラレーターに勝るとも劣らない、手厚い起業支援プログラムと言えます。
これは、南場さん(デライト・ベンチャーズ マネージングパートナーの南場智子)や牛尾さんが、定期的にベイエリアに通い、関係を築いているからこそ、得られる協力だと感じます。
牛尾:メンターの方々は、不定期に参加者とカジュアルに食事にも行ってくれて、その影響は非常に大きいです。日本の起業家にグローバル級のスタートアップを立ち上げて活躍して欲しい、という南場の勢いに、志を同じくする多くの方が時間を作ってくれています。
そのほか、参加者全員にベンチャー・ビルダーのメンバーが担当として付き、1on1でカジュアルな相談から深い事業の話まで広くサポートしています。
内藤:南場さんが渡米したときに、ディナーで話す機会もあるんですよね。DeNA創業者でもある南場さんに直接質問してフィードバックをもらえるというのは、起業家志望の人なら、お金を払ってでも参加したいプログラムだと思います。
物語で人を巻き込み、速度で成長を示す──ベイエリア流の起業哲学
──第1回のプログラムでは、具体的にどのようなレクチャーが実施されたのでしょうか。
牛尾:キックオフから1カ月の間に20回ほどのレクチャーを実施し、日米のスタートアップエコシステムの違いや米国の投資家の意思決定プロセス、ネットワーキングの方法などをテーマに取り上げました。
ほかにも「最新のAI活用法」「共同創業者(コファウンダー)の見つけ方」「カスタマーヒアリングの方法」、さらには「治安の悪い危険なエリア」といった生活情報まで、ベイエリアで生き残るための常識をインプットしてもらいました。
中でも「ストーリーテリング」の重要性は多くのセッションで語られた要素でした。これは投資家へのピッチテクニックということではなく、起業家が、自分のビジョンを自分の言葉で表現する力の大切さを意味します。
内藤:ゼロからイチを生み出す段階では、数字の実績はまだありません。投資家や顧客を巻き込むには、彼らをワクワクさせるストーリーが重要になります。米国ではプレゼンテーション教育が重要視されていますが、スタートアップの特にアーリーステージでは、より一層ストーリーとそれを伝える力が大事だと感じます。
牛尾:現地では「今となってはユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場スタートアップ)では不十分、デカコーン(同100億ドル以上)が見込めてようやくスタート地点に立てる」と語られるほど、目指す目標の基準が非常に高い。目標が高ければ高いほど「計算上こうなります」という話ではなく、「これが実現したら世の中がものすごく変わる」というストーリーが重要になります。
こうした感覚は、テキストで読んでも分かりにくいですが、現地でさまざまな方と対話を重ねることで参加者も腹落ちし、「このままでは目標が全然小さくて見向きもされないかもしれない」という危機感を抱くようになります。この参加者の実感こそが、現地ならではの非常に大きな変化でした。
内藤:レクチャーも、現地のVCや起業家が実施するので、より心に入ってくるんですよね。
牛尾:高い目標を達成するために、もう1つ大切なテーマが「ベロシティ(速度)」で、これもしばしば話題になりました。スタートアップの立ち上げには、圧倒的な「速度」が求められます。投資家は、前回会った時からどれだけ変化したか、その「変化量」をシビアに見ています。
内藤:リソースのないスタートアップが、最初のユーザーを見つけるのは大変です。そこは「手数(てかず)」が質を生む世界で、とにかく行動量が求められます。ある参加者は、SNSの「Reddit」で特定のカテゴリにいる熱狂的なユーザーを見つけ出し、そこにアプローチすることで最初のユーザーを獲得していました。そうした泥臭い「手数」がゼロイチの段階では不可欠です。
「How can I help you?」が当たり前、助け合い文化で育つ起業家精神
内藤:講師を呼んで話してもらう形とは別に、私たちのような日本人ファウンダーが各グループ4〜5人の参加者に対しメンターとして付き、毎週、彼らから「週報」をもらってフィードバックする体制も取っていました。
牛尾:週報もストーリーテリングの力を身につける一環ですね。周囲の先輩起業家を自分のドラマに巻き込めるか、それとも淡々と事実を述べるだけなのか。週報を通じて、仲間を増やしていくモメンタム(推進力)が試され、鍛えられる場になっていました。
内藤:グループに分かれることで、参加者同士で切磋琢磨する面もあります。特にアーリーステージ(初期段階)のアイデアは、1週間で劇的に変化します。進捗がある人もいれば、変わらない人もいます。
参加者同士が進捗を共有しあうことで、「基準値(バー)」が劇的に上がる化学反応も起きていました。最初は「カスタマーヒアリングのためにLinkedInで10件、DMを送った」と満足していた参加者が、別の参加者が「自分は100件送っている」と話すのを聞いて、自分の基準値の低さに気づくわけです。
牛尾:姿勢も大きく変わりましたね。プログラム開始直後は著名なメンターを前に、皆さん「遠慮がち」でしたが、すぐに「これだけすごいメンターが目の前にいるのに、質問しないのはもったいないだけでなく、失礼だ」というマインドに変わり、質問が止まらなくなりました。
内藤:あの姿勢の変化は素晴らしかったです。あのマインドこそが、ベイエリアで生き残るために必要なものですから。
──レクチャー以外で、現地ならではの特徴はありましたか。
牛尾:ベイエリア特有の「助け合いの文化」に驚いた参加者は多かったです。初対面の人とでも、挨拶の次に「今、何に困ってる?(How can I help you?)」と聞かれるのが当たり前の世界です。
内藤:ベイエリアは米国中、世界中から人が集まっていて、誰もが最初は誰かに助けられて今があります。だから、互いに助け合い、次に来た人を助けることが文化として根付いているんです。
スタートアップビジネスにおいて、資金調達も最初の顧客獲得も、最初は「紹介」が全ての始まりです。このカルチャーを理解し、いかに入り込むかは重要です。日本から来た起業家なら、日本の投資家の紹介をはじめ、小さなことでも日本から来たことを武器に、自分が提供できる価値、持ち球を持つことができるはずです。
アイデアからMVPへ、ピボットと「ワンライナー」で磨く事業の核心
──プログラムを通じて、参加者にはどんな変化がありましたか。
牛尾:プログラム開始時、参加者の約77%は「アイデア段階」でしたが、終了時には「MVP(実用最小限のプロダクト)検証中」が61.5%、「PMF(プロダクトマーケットフィット)検証中」が23.1%へと大きく進展しました。
──具体的な変化の事例があれば教えてください。
牛尾:ある参加者は、当初ハードウェアとしてのロボティクスのアイデアで参加しました。しかし、現地で徹底的に顧客ヒアリングを重ねた結果、AIとロボティクスに関連するソフトウェアのソリューションへと大きくピボット(事業の方向転換)をしました。さらにその後も、より大きな市場を狙うために、再度ピボットを行っています。
──ピボットというと、日本では「失敗」のように捉えられがちですね。
内藤:最初の起業では特に、自分の決断を否定するようで、なかなか変えられないんですよね。でも「ピボットは早ければ早いほうがいい」と分かってくると慣れてくるんです。ベイエリアでは、ピボットは「失敗」ではなく、「カスタマーヒアリングで分かったことに基づいて、より良い未来を選ぶ」という非常にポジティブな選択肢と捉えられます。このマインドセットの変化は現地へ実際に行くことのメリットです。
牛尾:ピボットって片足には軸が残るので、全てを捨てるわけではありません。お客さんとの接点や生の知見が、いい軸足になるはずなんです。
内藤:将来を考えればむしろ、最初の頃のアイデアなら全部捨てて「トラベリング」してもいいんじゃないかというぐらい、大胆でもいいと思います。
──アドバイスをする中で、内藤さんが印象に残っていることはありますか。
内藤:先ほど「ストーリーテリングは大事」と言いましたが、聞き手のVCや投資家は忙しい方ばかりですから、話が長いのもダメなんです。そこで最初のつかみ、「ワンライナー」と呼ぶ、一行の短い言葉で自分が何をやっているかを分かってもらい、興味を引くことが大事になります。
私はジェイソン・カラカニス氏という、UberやRobinhoodが立ち上げ初期の頃に投資した投資家から資金を調達しています。ジェイソンが話していたのは「ピッチは映画のトレーラーだ」ということでした。映画の中身を全てトレーラーで見せる必要はない。続きを聞きたいと思わせることが大事なんですよね。投資家に「もっと話を聞きたい」と思わせる、魅力的で分かりやすい「ワンライナー」が不可欠です。
牛尾:今回の参加者の皆さんのワンライナーも、内藤さんをはじめとするメンターから毎週のようにフィードバックを受け、どんどん進化していきました。自分たちの事業の核心を、誰にでも伝わる言葉で表現する訓練を徹底的に行うことで、事業の方向性もどんどん進化していくんです。
シリコンバレーは「雲の上」じゃない──30年後のビッグテックを生むために
──第1回プログラムに参加した方は、今どのような状況ですか。
牛尾:現在はプログラムの第一フェーズが終わり、エンジェル投資家やシードVCにアプローチを始め、本格的な資金調達フェーズに入っています。
──第2回プログラムでは、第1回からの変更点はありますか。
牛尾:第1回ではプログラムの最初から渡航してもらいましたが、第2回では渡航前に、2カ月間の準備期間を設ける予定です。AIを活用したバイブコーディングなどでデモプロダクトを用意したり、オンラインでカスタマーヒアリングをしたりといったことは、現地でなくてもできることなので、準備をして、スピードがついた状態で現地に向かえるようにします。
──どのような方に参加してほしいですか。
牛尾:まずは、先陣を切った第1回の参加者や、現地の日本人起業家メンターたちの背中を見て、「自分もやりたい」と刺激を受ける方を増やしたいです。日本にも世界レベルの優秀な人はたくさんいますが、多くは起業に興味を持っていません。そういう方々が「起業も面白いかも」「DelightXでチャレンジするのもいいかも」と、ベイエリアでの起業の可能性に気づいて応募してくれると嬉しいです。
内藤:大きな事業を目指し、長期的に現地で挑戦する気概とコミットメントがある人がいいですね。逆説的ですが、「このプログラムに受からなくても、自力でベイエリアに行くぞ」というくらいの気概がある人が、結局はベイエリアでは成功するのだと思います。
30年前、メジャーリーグは日本人がプレーする場所ではありませんでした。でも1995年に野茂英雄選手がその扉を開き、今では大谷翔平選手のようなスーパースターが生まれています。今のシリコンバレーも、多くの日本人にとっては「自分には難しい、雲の上の場所」というイメージがあるかもしれません。でも、シリコンバレーを手の届かない所だと思わないでほしい。もっと普通に日本人が挑戦する場所なんだ、というマインドに変えていく必要があります。
DelightXがそのきっかけとなり、挑戦者の層が一気に厚くなれば、30年後にはOpenAIのような企業を日本人が作っているかもしれない。GAFAのようなビッグテックの経営者が日本人でもおかしくない。そんな未来を作っていきたいですね。
牛尾:第1回では現地でのプログラムを経て、参加者に大きな変化が起きました。彼らが資金調達に成功し、事業を拡大させて行く傍らで、このプログラムを続けて行けば、そういう人がどんどん増えていきます。
内藤:Y Combinatorも、初期のバッチ(参加者グループ)にDropboxやAirbnb、Twitchの創業者がいました。この1回目、2回目、3回目といった初期のバッチは非常に価値があり、彼らが成功することで、後から続く人が増えていきます。大事なバッチだと思います。
DelightXも、プログラムが始まり、続いていこうとしていること、それ自体が、日本のスタートアップの歴史において非常に大きなインパクトがあると思います。だからこそ、私たちはこれを続けられるように頑張らないといけないし、参加する人も成果を出さないといけない。メンター側も参加者側も、そういう気持ちでプログラムに参画していけたらと思います。

Profile:
●Anyplace CEO 内藤聡氏
リモートワーク特化型長期滞在サービスAnyplaceの共同創業者兼CEO。大学卒業直後にシリコンバレーへ渡り、起業に挑戦。言語の壁を乗り越え、IT界隈の著名人100人以上へのインタビューを通じて人脈を構築し、2017年にAnyplaceをローンチ。Uber初期投資家のジェイソン・カラカニス氏らから出資を受け、累計約1800万ドルを調達した。2018年には、Forbes Japan「30 UNDER 30」にも選出。「世界で使われる大規模事業の創造」を目標に事業拡大に邁進している。
https://www.anyplace.com/
●デライト・ベンチャーズ ディレクター、グローバルストラテジー 牛尾正人
2009年DeNAに入社し、広告営業戦略、マーケティング、分析、経営企画/戦略、新規事業(海外展開、音声系アプリ、メディア・サービス、自動運転、EV関連事業、等)に従事。2021年10月よりデライト・ベンチャーズに参加。投資業務と平行して、投資先のグローバル展開支援や、関連するベイエリア・海外の起業家や投資家との様々な連携を推進。工学領域の出自で、ディープテックや、AIの盛り上がりにも大きな期待を寄せている。






